『すかすか』6話 あらすじと感想。やっと言えた「おかえり」

帰ってきたクトリたちを、これ以上ないくらい嬉しそうに迎えるナイグラート。

再会を喜ぶ面々、だがクトリだけは暗い表情で、皆と顔を合わせることもなく倉庫のなかに入っていくのだった。

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ほんとうならヴィレムに「おかえり」と言ってもらうはずだったのにと、彼の部屋の前で悔しさをあらわにするクトリ。

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その頃ヴィレムは、軍にも絶大な影響力を持つ『大賢者』と呼ばれる者と面会していた。名前はスウォン・カンデル。実は500年前にヴィレムと共に戦った戦友。

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彼もその戦いで死にかけるが、とっさに自身に呪いをかけることで不老不死となり、今に至るという。よって彼はもう人間ではないのだそうだ。

スウォンの話によると、同じパーティーに居た戦士エミッサもそのとき戦士したということであった。それから500年経っているとはいえ、多少ショックをうけるヴィレム。

感動の再会も束の間、スウォンはヴィレムに会わせたい人物が居るという。

さっさとクトリたちのところへ帰るつもりでいたヴィレムは拒もうとするが、スウォンは聞く耳を持たない。しかたなくついていくことになる。

 

一方クトリは、進行すれば最終的には人格破たんを起こしてしまうという、妖精兵特有の『前世の浸食』と必死に戦っていた。

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ヴィレムがスウォンに連れられた先の2番浮遊島で再会したのは、なんと500年前の戦いでヴィレムたちの敵であった黒燭公(イーボンキャンドル)。

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黒燭公はヴィレムとの戦いで体を焼き尽くされ、眠りから目覚めたときには頭だけになっていたという。目覚めの後、《17種の獣》から逃れるためにスウォンと協力して大地を浮かせたのが、いまの浮遊島群『レグル・エレ』である。

スウォンから、自分たちが潰した武装宗教団体『トゥルー・ワールド』のある実験が失敗した結果として生み出された生物兵器が《17種の獣》であるという真実を聞かされる。

 

ヴィレムはスウォンから、我々の力で地上に侵攻して取り戻さないかと提案される。

長く厳しい闘いになるだろうがヴィレムがいればカリヨンの調整もできるし、妖精兵はいくらでも調達できるからという話であったが、

この話の流れから、妖精兵を兵器として生産しているのがスウォンたちであることを知ったヴィレムはムっとなる。

 

失言したからにはしょうがないと、スウォンは、妖精兵の真実も聞かせる。

妖精とは幼い子供の魂が自分の死を理解できずこの世に迷い出た一種の『死霊』で、生命ですらないこと。自分の技で特定の魂からあれらを生産していること。死を恐れないあれらは魔法力を躊躇なく爆発させる理想的な量産兵器であること。

妖精は寿命が短いうえ、魔法力を起こしすぎれば前世の記憶に浸食されて人格破壊を起こすが、それは世界を守るためには黙殺できることだということ。

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妖精兵が背負っている理不尽な運命を、彼女たちの身近にいて肌身で感じてきたヴィレムは、妖精兵の力を防衛のために使うのはやむを得ないが、それを領土拡大なんかに使うのはもってのほかだと主張する。

しかし、レグル・エレが浮遊していられるのも永遠の話ではない。世界はゆるやかだが確実に滅びに向かっていた。いつかは地上に帰らなければならないと諭すスウォンだが、

いまのヴィレムにとって唯一の居場所はクトリたちが待つ倉庫。いま地上を取り返したところで、待っている人は居ない。「おかえり」と言ってくれる者もいない。そして、レグル・エレに住む人々にとってもここが居場所なのではないかということから、ヴィレムは反発する。

クトリたちと出逢って居場所の温かさを知り、愛情を思い出してしまったヴィレムにとっては最早、世界の滅びよりも、いまのクトリたちとの生活のほうが大事だったのだ。

結局、かつて「兄」と慕ったことのあるヴィレムにこれ以上嫌われたくないと、スウォンはヴィレムをとりあえず帰すことにするのだった。

(しかし、スウォンや黒燭公には、まだヴィレムには伝えていない「獣の真実」が存在するようだ)

 

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ヴィレムが倉庫に帰ると、クトリはすでに人格破壊によって意識不明になっていた。

クトリはちゃんと約束を守って戦いから帰ってきたのに、自分はクトリに「おかえり」も言えなかったと激しく後悔するヴィレム。

だがクトリはいま、何者かと対話している最中だった。

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彼女の名前は「エルク」。

この世界の正体も彼女の目的も不明な中、彼女から名前を問われたところで、「帰らないといけない」ということだけかろうじて思い出したクトリは、この不思議な世界を抜け出し、現世に帰ることを選択する。

エルクはクトリに「またね」と告げるのであった。

 

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ヴィレムがナイグラートと一緒に悲しみに暮れていると、クトリが目を覚ます。

嬉しさのあまり泣き出し、ナイグラートに背中を押されてクトリを抱きしめるヴィレム。

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本来なら戻れるはずのない人格破壊から生還した彼女を観て、アイシアは、どうせなにかでっかい代償背負って帰ってきたんだと、呆れるのであった。

 


感想

今回は泣く人と泣かない人が割れるところだとは思いますが(実際AbemaTVの放送などでは「ここ泣くとこなのかな?」などとわざわざバカにしているコメントも多かった)、

自分なりにその分かれ目を考察しましょう。

 

まず、スウォンとの会話のなかでヴィレムが主張していたことは単なるワガママです。

ゆるやかではあるにしても滅びにむかっている世界をなんとかしようと考えず、とにかく家に帰ってクトリに「おかえり」を言うことを優先する。将来的な世界の安寧よりも、いまの自分の居場所が大事、妖精の子供たちが大事というのは、合理的な決断とは言えない。

自分の力があれば、レグル・エレの民は総力を挙げて地上に侵攻し、浮遊島が落ちてからも地上で暮らしていけるようになるかもしれない。

その機会を捨てたんですから。ヴィレムは自分のワガママで家に帰るのです。

 

アニメの登場人物に合理的・現実的選択をついつい迫ってしまうタイプの視聴者は、今回のヴィレムの行動にはドン引きでしょう。

しかし、私は言いたい。

これは物語なのだから、これでよかったと。

ヴィレムは人間なのだから、これでよかったと。

 

私から言わせれば、いや、多くの人が心の底では分かってることでしょうけど、人間ってけっこう自分勝手です。

ワガママを言わず、利己的に考えず、常に多くの他者のために役目を果たそうとする。自分の居場所や家族よりも世界を優先する… 迷わずそんな選択ができる人間のほうが不自然だ。

だからヴィレムの選択はリアルだと思った。

 

ヴィレムの気持ちを考察してみてほしい。

500年前、並々ならぬ努力を重ねてなお正規勇者になれず、それでも準勇者として戦い抜いて魔王を倒したが、結局仲間を守れず、居場所と呼べるものも失い、大事な人との約束も守れず、目覚めたときには人間族は自分ひとり。

ヴィレムの後悔と罪悪感,孤独感は相当なもんだったと思います。

レグル・エレで居場所という居場所がなく、自分を責め続けて腐ったような借金生活をしていた彼に、ようやく居場所と呼べるものが出来た。クトリたちとの出逢いによって、帰る場所が出来た。

それはどんなに嬉しいことだったでしょうか。

 

おまけに彼は、妖精たちが背負っている理不尽を間近で見てきた。彼女たちが、不自然な存在でありながらも確かに、人間と同じように感情を持っていることを知った。

そんな彼女たちが単なる爆弾として暴走兵器として扱われてきたことに、もし全くの無関心でいられたなら、それこそヴィレムの人としての神経を疑う。

 

私は、とりあえず今回はヴィレムが帰ってくれてよかったと思います。

ヴィレムはクトリと再会して、彼女の存在がいまの自分にとってどれだけ大切か実感したことでしょう。だから初めてあんなに号泣した。

それは同時に、彼が大切な人と「ただいま」「おかえり」を交わすという約束をやっと果たせた瞬間でもありました。

で、前にも書きましたが、この「おかえり」という言葉の温かさ、重さ、それこそがこの作品の主題であるのではないかと私は思うわけです。

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およそ24分程度のアニメ作品だから、端折っているところもきっと多く、自分のペースでたっぷり時間をかけて感情移入して号泣するというわけにいかないのは仕方ない。

まあしかしその中で、映画でもアニメでも漫画でもそうですが、とことん合理的ツッコミを入れ続けて観るのではなく、キャラクターの心象を考えながら観ることを意識すれば、『物語』というものは楽しめるものです。

(絵本なんかは、それが分かりやすい題材ではないでしょうか)

そうすれば、単にBGMのごまかしで泣かされるのではなくて、キャラクターの心象と自分の心を重ねて泣くということができるようになるでしょう。(「キネマ」は単体で聴いてもめちゃくちゃいい曲ですけどね)

 

どんなストーリーにせよ、物語の楽しさというのは決して制作する側だけの責任問題ではなくて、消費する側の姿勢の問題でもあると思いますからね。だって作る側と観る側の両方によって成り立つものなんですから。

一度観たアニメでも、改めてそういう姿勢で観てみると、いろいろ発見があるかもしれませんよ。

茶々を入れたりバカにしたりするよりも前に、楽しもうとする。

そうであってこその『娯楽』だと思いますから。

 

ちなみに私はこの6話のラストで、号泣とは程遠いですが、「よかったなー」と思い、ジワっと涙が出ました。かなりあったかい気持ちには成りましたね。

レグル・エレの今後についても、ヴィレムたちがどうやって乗り越えていくのか楽しみなところであります。

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